ゲーデルの不完全性定理のように、数学の範疇を超えて神秘的に語られがちな数学のトピックがいくつかあると思います。数学者が誤用を指摘しているのをよく見かけますし、誤用が数学的に間違い(さらにいえば迷惑)であることは理解できます。 一方で、たとえば物理学に目を向けると、量子力学やブラックホールなど、明らかな誤用だけどエンタメ的に扱われるケースは数学よりもはるかに多く、なんとなく受け入れられる場合が多いようにも思います。 私は(結城先生のように)物理や数学を物語に落とし込むことにとても興味があるのですが、こうした事情から数学をエンタメ的に扱うことをどうしても躊躇してしまいます。もちろん、数学を理解しリスペクトすることはとても大切だと思います。ですが、ゲーデルの不完全性定理ひとつとっても、定理そのものはもちろん、そこへ至るまでに前提とすべきものが(非数学科出身にとっては)多すぎる、難解すぎると感じます。書きたい物語があるのに、数学を修めるのに時間がかかりすぎて書けないのがもどかしいです。 結城先生は実際に数学物語を書かれていますが、こうした葛藤、悩みはありましたか?またそれをどのように解決されましたか?

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